【vol.3(JMS後編)】SDVに真っ向勝負 モビリティーショーで示したIT企業の挑戦 コンセプトカー出展のSCSKキーパーソンに聞く
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SCSK業務役員 モビリティ事業グループ長補佐兼SDM事業開発センター長 三谷明弘氏
SCSKの前はOEM(完成車メーカー)で働いており、パワートレインや統合制御といった開発に携わった。その中で抱いたのが、日本の自動車産業がこのままでは、グローバル展開する中で非常に苦しい状況に陥るという強い危機感だった。
自動車の競争力は5つの機能に集約される。走る、曲がる、止まるという走行安全系、燃費、電駆、自動運転そして5番目がConnected/Intelligent Cockpit(コネクティッド/インテリジェントコックピット)などのデジタル。日本のOEM各社の競争力は、十八番(おはこ)である走行安全系だけでなく、燃費でもそれほど差が付かなくなっている。欧米や中国などの海外勢もEVやハイブリッド車に注力し、世界的に普及したためだ。今やユーザーのニーズに柔軟に対応できる点で主戦場となっているのは、5番目のデジタルと言える。中国や東南アジアでEVが伸びている理由は、先端技術によるインテリジェント化に魅力を感じている部分も大きいと思っている。
SDV時代は、自動車に対するニーズが地域で異なることを一段と鮮明にするだろう。中国はエンターテインメントが人気だし、米国は決済や充電管理といった日常生活に関わる機能が求められる。日本はやはり安全・安心。これらを踏まえ、真に求められるSDVは何かを追求することが、自動車産業の競争力に繋がる。なお、弊社ではSDVはSDMと呼んでいる。V(ビークル=車)ではなくM(マルチモビリティ=多様な移動手段)の概念の方が事業に適していると判断した。
大量生産と個別ニーズ対応を両立 ITとの共創で可能に
ただ、日本にはSDV時代に向けた成長を阻害する「分断」があると思っている。自動車業界はこれまで、米国で20世紀初頭に「T型フォード」で始まった大量生産方式で車社会化を進めてきた。前は走行安全や品質など、個々のユーザーの要望に均一性があったため、「良い車ができたから買ってほしい」とOEMがオファーするのが主流だった。その中では、アップデートといっても、機能の完結を前提とした電子部品の機能やバグの修正(リプログラミング)にとどまっていた。自動車の骨格が完成しないと機能を作り込めない状況で、「ハード」と「ソフト」が分断していた。
「OEM」と「IT企業」もそうだ。日本の自動車業界は機械工学と電子工学を融合したメカトロニクス人材が豊富にいる。一方で、これからの主戦場であるソフト分野でピュアな人材が少ない。育成を含めた知見が蓄積されていないため、ITに強い企業にソフトの製造を依頼することもあるが、ここでもOEMからの「これを作って欲しい」という一方通行のオファーによる受託関係がある。ユーザーと向き合ってソフトを開発し、アップデートを重ねてきたIT企業が主体的で対等な立場で提案しなければ、最高のSDVは作り得ない。
こういう問題意識から、従来と異なるソフト視点でクルマを作り込んで世に示すことで、OEMとの共創を呼びかけた。走る、曲がる、止まるはOEMの大きな強みであることに変わりないが、クルマの付加価値を一緒に設計し、膨大なノウハウを持つOEMが生産すれば、ユーザーの求める真のSDVの実現に近付くと思う。大量生産でありながら、ソフトを変えることで多種多様な車種にもできる。共創のパートナーとして連携すれば、SDV時代でも日本の自動車産業は競争力を維持するだろう。
開発期間わずか9か月 スピード実現の「スプリント型」生産とは
JMSで展示したEVは「製品」ではない。ソフト中心の「新しいクルマの作り方」の実証と位置付ける。開発では、日々刻々と技術が進化する時代に合わせた生産プロセスを実践した。
自動車生産は「垂直統合型」であり、グループ内で調達から部品の製造、完成車の組み立て、販売まで一貫して行っていた。OEMを頂点に、部品メーカー、さらにその部品を作るメーカー、さらに…となる階層構造だった。また、各工程を完遂して次に進むという「ウォーターフォール(滝)型」で、完成までに数年単位を要した。
今回は細かくチームを組んで、それぞれ実装したい特定の機能・価値に向かって短期間に開発と実装を繰り返す「スプリント型」を採用した。各チームは、完璧にするために時間がかかっていたレビューを極力省いて開発を並行で進め、それらを1~2週間に1回の頻度で持ち寄り、チーム横断でつなげていく。不要となれば開発をやめ、必要ものは積極的に取り込んで磨き上げる。米ITも取り入れている手法であり、展示したEVはわずか9か月で完成した。自動車の走行安全系を担保する部分は命に関わるだけに、従来の手法が重要となる。一方で、エンターテインメントなどそれ以外のユーザーのニーズは、スプリント型により短期間でソフトに反映できる。
社内の開発部隊も含め延べ50社ぐらいが関わった。旗振り役は弊社が担ったものの、設計の主体は若手だ。現在の大量生産は40歳代以上がターゲットで、20歳代に合わせられていないことを踏まえ、「Z世代」を念頭に置いたEVにこだわった。
ITでもたらされる新たな価値とビジネス 人材確保の原動力に
今後のビジネス展開として「(業種・企業ごとの)カンパニーカー」や「自動車業界との共創」など、新たなIT起点のモビリティがあげられる。例えば、ホテル業界。車内でチェックインとガイドツアーの予約をし、ホテルで荷物を下ろしたらそのまま出かけるような、業界用に特化したクルマだ。何が成功するか分からないからこそ、作り手がユーザー目線で色々と妄想、発想することで、新たな価値とビジネスを生むことができる。
こうした魅力を広くアピールできれば、人材確保につながると思う。SCSKの場合、自動車部門に配属されると、最初は戸惑うIT人材がいた。そこで自動車に搭載されるソフトは膨大な行数のコードが必要であること、SDVは自由な発想に基づくソフトが非常に重要になることを説明すると、「やりたかったITそのものだ」と分かり、目をキラキラさせる。
日本の自動車産業が競争力を維持するためには、これまでの成功体験から距離を置き、発展の原点を見つめ直して新たな価値を生み出せるかにかかる。プレーヤーの1人としては、そうありたい。大量生産方式もエンジンも、クルマ作りの基盤の多くは、「海外産」だ。それなのに現場では0から1を生むことが重視されるが、なかなかうまくいかない。日本はそもそも1を10、10を100にするのが得意であり、それはSDV時代でも同様と思う。
先ほども指摘したように、自動車産業にはSDVの開発に向けたソフトウェア人材が不足している。その中で、我々ITは各OEMのグループに属するサプライヤーではない「フラットな立場」だからこそ、企業を問わずに幅広く仲間になることができる。また、ITはSDVで求められるユーザーの声を聞き、ソフトウェアなどに反映させることがこれまでの基本的な仕事であり、強みだ。その意味でも自動車産業の垣根を越えたITとの連携の機運は高まっていると思う。