【Vol.07】必要な技術は何?SDVスキル標準の活用法 ソフトウェア人材の確保へと導く「海図」となるか
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SDV時代で変わる自動車の価値と中核人材
経産省が2023年度に発足した「モビリティDX検討会」では、自動車産業の変革をもたらす要素の一つとしてSDVを挙げた。スマートフォンやパソコンと同様に、インターネットを介したアップデートによって様々な機能が追加・更新され、ユーザーのニーズに応じた価値を迅速かつ柔軟に提供し続けることができる。購入直後が最も価値が高いという「買い切り型」の車の概念を転換する点で、ユーザーにも影響が大きい。
これまでは制御系などのソフトウェアを搭載する場合、様々な部品(ハードウェア)との時間をかけた「すり合わせ」が必要だった。それがソフトウェア主導で容易に機能を追加できるようになるため、開発効率の大幅な向上が見込まれる。さらに、情報や娯楽(インフォテインメント)をサブスクリプション形式で提供するなど、自動車を巡る新ビジネス創出への期待も大きい。こうしたSDV時代における自動車業界の中核を担うのは、ソフトウェアを開発する人材とされている。
しかし、日本の労働力人口がただでさえ減少する中、ソフトウェアエンジニアは既に質、量ともに深刻な不足に陥っており、自動車業界でも顕著だ。従来のキャリア制度では、クラウドやAI、ソフトウェアの設計といったSDVで求められる専門性まで網羅していないためで、それらが明確なIT業界との人材争奪で不利になりうる。WGによると、情報通信を学ぶ学生らには「自動車は機械技術が中心」という固定観念が依然として強く、2023年度の求人市場ではソフトウェア関連職の求人数が急伸したものの、応募数は伸び悩んだという。
ノウハウ乏しい自前での育成には限界も
完成車メーカー(OEM)は人材不足を補うため、ソフトウェア開発を部品メーカー(Tier1)に頼ってきた。Tier1から、さらに専門のソフトウェア会社(Tier2)へと再委託することもあるという。一方で、SDVをはじめ次世代モビリティに対する世界的な開発競争の激化に伴い、日本の一部OEMは開発方式について、従来の各工程を完遂して次の工程に進む「ウォーターフォール(滝)型」から、設計から実装・テストまでを短いスパンで繰り返すことで市場ニーズに合った製品を生み出す「アジャイル型」を取り入れるケースも出ている。ある大手はこのスパンを2週間程度に設定しているという。部品メーカーなどに委託、再委託する場合、仕様や金額を含めた交渉に月単位の時間がかかるため、スピードが求められるSDV開発には適していない。このため、ソフトウェア人材を自前で持つニーズはかつてないほどに高まっている。
ただ、SDVに適したソフトウェア専門人材の育成は多くの自動車関連企業にとって未知の領域である。前述のようにエンジニアの役割、期待されるスキル、将来的なキャリアパスが明確ではなく、他業界から人材を採用したとしても、実際の業務とのミスマッチを招きかねない。自技会はこうした課題を抱える自動車業界からの要望を受け、「自動車ソフトウェア領域人材育成ワーキンググループ(WG)」を設け、2022年から活動を開始。①自動車ソフトウェア領域の体系の検討②必要な人材像の策定と必要なトレーニングの検討③認定制度など自技会で対応する範囲の検討――をそれぞれ議論した。
その結果として誕生したのが「SDVスキル標準」だ。必要とされるスキルを網羅する「自動車ソフトウェア領域技術マップ」と職種の「キャリア定義」を定めたうえで、職種に応じた具体的なスキルとレベルを明示した。ベースとしたのは2005年に設定されたETSS(組込みスキル標準)。キャリア定義は、トヨタ自動車など各社のソフトウェア関連職から、SDVにまつわるものを抽出し、31職種を定めた。WGの委員長を務めた名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所所長の高田広章教授は「人材育成の手法や技術のカテゴリーは各社で異なる。それを前提として、必要となりそうな知識体系を最大公約数的にまとめた」と説明する。各社がSDVスキル標準を柔軟に運用することを想定したという。個人の場合としては「なりたい職種のために足りない技術は何か」「何を学べばよいか」、企業の立場としては「SDVを進めるうえで足りない人材」「さらに延ばすべき強みのある領域」をそれぞれ探るための参考になる。
領域技術マップと31職種のキャリア定義がベースに
自動車ソフトウェア領域技術マップの横軸はスキルを利用できる分野を示しており、その範囲をかみ砕いた表現で示すと、左から①ソフトウェア以外の分野も含む開発②ソフトウェア開発③「自動車の」ソフトウェア開発④「娯楽やカーナビ、自動運転といった特定の」自動車ソフトウェア開発――に分かれている。つまり、一番左のスキルをベースとして、右に行くほど専門的になるという構成だ。高田教授は「調理に例えると、一番左が野菜の切り方をはじめ何にでも使える技術であり、一番右がラタトィユなど個々の料理を作る技術」と説明する。
一方の縦軸は、スキルの類型に分かれている。具体的には、数学をはじめ主に大学等で学ぶ学術的な知識である「基礎技術」、ユーザーインターフェースやマルチメディア、情報処理・AIデータ解析といった個々の分野に関わる「要素技術」、それらを実装するための「開発・運用技術」、多くの人々が携わるソフトウェア開発をまとめるプロダクトマネジャーが一例の「管理技術」などで構成されている。縦軸と横軸が交わる枠内に記されたのが、求められるスキルだ。
キャリア定義はETSSで示す職種をさらに細分化。SDVを設計する専門家の「ソフトエンジニア(アーキテクト)」や、車本体に搭載するサイバーセキュリティーソフトを担う「In-Carセキュリティースペシャリスト」といった追加分を含めて31職種に再定義した。
キャリアが上がるほど求められるスキルの質と量
キャリア定義の各職種と領域技術マップを照らし合わせて作ったものが「SDVスキル標準」となる。レベル1~4のスキル基準と、レベル1~7のキャリア基準があり、キャリアレベルが上がるほど、求められるスキルの種類、レベルが拡大する。なお、キャリアレベルは1が「指導の下でできる」、2が「一定の難易度なら独力でできる」で、チームリーダーとして求められるのが「改善や育成で応用できる」のレベル4とされる。レベル6、7になると市場に影響をもたらすほどの高度なスキルとなり、該当者は極めて限定される。
WGがまとめたSDVスキル標準の解説書は、各職種の具体的な基準を示している。例えば、「SDVインテグレータ」だと、キャリアレベル1は各要素技術と開発プロセス、品質保証といった開発・運用技術のスキルレベルはそれぞれ1で良い。これがキャリアレベル4になると、多くのスキルレベルが2となり、キャリアレベル6以上になると、ほとんどで最高の4が求められる。概要欄には役割や職種に応じた具体的な成果(アウトップット)も一覧で分かるようにしている。高田教授は「ITの分野は日進月歩。技術以上に学び方を伝承し、応用できる力をつけることが重要になってくる。そのためのツールの一つとして使ってほしい」と話している。
「SOMRIE(r)認定制度」との連携で幅広く活用
SDVスキル標準は完成したばかりで、浸透はこれからとなる。その課題として解説書では、自動車業界特有の定義だけでは外部への理解が進まずに「サイロ化」(業界内での人材の取り合い)が進んでしまうことを指摘。SDVに必要なソフトウェアの専門人材など外部との連携に向けて運用するため、他の「スキル標準」と連携するとしている。その一つに、デンソーの「SOMRIE(r)(ソムリエ)認定制度」をあげた。
デンソーはSDVが注目される前からソフトウェア人材の育成制度を模索しており、2021年度に運用を始めた。世の中のソフトトウェア関連のスキル標準などを参照し、抽象度・普遍性の高い18のケイパビリティ(能力)を定義したうえで、マップを作成した。ケイパビリティは「開発技術要素」、データ分析などの「専門技術要素」、組織を取りまとめる「管理要素」、ビジネスを構築して技術を実装する「社会価値創造要素」の4要素に分類した。
SOMRIE(r)認定制度の最大の特徴は、デンソーでの活用にとどまらない「オープンで大胆な人材強化の仕組み」である点だ。内容を自動車業界に特化せずに抽象化・普遍化・SOMRIE(r)認定制度との併用について、「自動車特有の定義と融合(連携)させることで、SOMRIE(r)のケイパビリティを共通言語として、日本産業界との繋がりを担保できる」と、産業界全体での人材流動に波及する可能性を指摘。SDVに取り組みたい企業・個人が、求められる技術領域とSDVスキル標準で示したキャリア定義31職種を結びつけるための判断材料になることが期待されており、自技会などでは現在、18のケイパビリティと31の職種がどうつながるか、対応付けを進めている。また、SOMRIE(r)認定制度は開始から時間がたって教育制度が充実していることもあり、関連する既存・新規講座の活用が検討されている。
デンソー・ソフトキャリア支援室の広瀬智担当次長は「SDVスキル標準は今後の自動車業界にとって非常に重要。ただ、それだけでは自動車業界だけの話になってしまう。他産業との連携を見据えた人材育成を考えた場合に、職種定義の抽象度を上げる必要があり、ケイパビリティで表現できれば、と考えている」と話した。