【Vol.08】自動車業界への関心高める「ミニカーバトル」 人材育成の礎に 「42 Tokyo」と企業のタッグで実現 参加の門戸広げる
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負けて悔しくても満足 ゼロから始める自動運転
2026年2月15日。東京・有楽町の「Tokyo Innovation Base」で開催された決勝大会は、勝負と自分たちの技術にこだわる参加者の気迫が会場を一段と熱くしていた。
ミニカーバトルは、ハード中心だった自動車業界でソフトウェアも重要になった今、将来のエンジニアが未来に活躍している姿をリアルに想像できる場として、2024年から開催されている。もともとは、42のスポンサーであるトヨタ自動車が、自動運転ミニカーの社会人向けコンテストを開催しており、「将来の自動車業界を担う人材育成のため、学生向けに一緒にできないか」という話が持ち上がったのが契機となった。初回はトヨタ自動車主催で参加者も42の学生に限られていた。それが参加者の評価が高かったことから、「続けたい」との声が相次いで継続が決定。2026年度から門戸を広げ、学外や一般人からも参加者を募るようになった。マツダやSUBARU(スバル)といった自動車業界のほか、他業種を大会パートナーとし、経済産業省、デジタル庁の後援も得た。応募は78チームの246人に上り、属性も半数以上が社会人となった。
ルールは厳しい。予算は5万円、利用できる自動運転を制御するための機材はカメラと超音波センサーのみ、走行のためのプログラム、ソフトウェアは参加者が自分でつくり、レース中は完全に自動運転でプログラムの変更などによって走行を調整する――といったものだ。とはいえ、トヨタ自動車などからのアドバイスを受けることはできる。走行時間は6分間で3周を走り切ったタイムの内の、最速を競う。コースの途中に抜け道があるが、カーブが複雑か、急なためチャレンジするには壁への衝突リスクが伴う。
決勝大会では、予選1位通過のチームがあまりに早かったために、参加者の多くはマシンコントロールだけでなく、スピードも重視。直前の調整がうまくいかなかったのか、3周できずに真っすぐに走行できない、カーブで曲がり切れないためにコースの壁に激突する車両が相次いだ。再スタートを繰り返すうちに制限時間の6分が迫る。だが、多くの参加者は走破が困難な状況にあっても、チーム内でどうすればいいかを話し合ってプログラムを調整し、挑み続けていた。結果的に予選1位チームの圧勝。表彰式では賞を受けなかった皆が悔しさをにじませつつ、やり切った表情を見せていた。42の坂之上洋子理事長は「みんな1位のチームに勝つために挑戦していた。その姿に泣けた」と、感慨と喜びを交えて総括した。
先生なしの「42Tokyo」 学生の学び合いでエンジニア養成
42はエンジニアを養成する専門機関としてフランスで発足。現在は31か国に展開している。その一つである「42 Tokyo」は2020年に開講し、現在は東京・新宿の東京都庁近くに校舎を構える。その理念は、エンジニア不足への貢献と、日本を含めて世界的な課題になっている経済的理由などによる教育機会の格差是正だ。このため、学生は学歴・経歴不問、無料で学ぶことができ、運営費は理念に共感するトヨタ自動車をはじめスポンサーが拠出している。特徴として、校舎は365日24時間開放し、教科書や「先生」を置かず、仲間たちと切磋琢磨することで企業の第一線で働くエンジニアに必須なコミュニケーション力、そして一生にわたる学ぶことへの意欲を徹底的に根付かせている。
コースはアプリケーションやプログラムがどのように動くかに主軸を置いた「基礎カリキュラム」が最初の1年~最長2年、その後の専門カリキュラムが最長4年6か月。学歴・経歴不問とはいえ、基礎の場合でも「ネットワークにおける小規模インフラの構築」「Webゲームの開発」といった自ら学ぶ意思がなければ解決が困難な課題を出す。通所の学校のように先生に教われないため、仲間に聞く、聞かれたら丁寧に説明する姿勢が重視され、それらはポイントとして「見える化」している。42の佐藤大吾副理事長は、「在学期間をオーバーすれば、強制退学になる。学校がいつでもオープンであるからこそ、自分を律して他の学生にオープンなマインドでなければならない」と話す。42では週35~50時間の自学を推奨しており、学生の多くは休学、休職している。
つまり、「世界で通用するエンジニアになる」という強い意志が試されることになる。それは入学試験から表れており、困難な問題を26日間かけて、在学生や入試に挑むメンバーに教えを請いながら挑む。受験者の半分弱という合格者は、1日平均で8~10時間も来校するという。42としては「進路相談」的な学生向けの窓口はあるものの、企業に「採用してほしい」とアプローチはしない。将来に向けて動くのは、あくまで学生自身だ。ただ、門戸を広げながらも厳しい教育理念、社会で必要な能力を養うカリキュラムが、ソフトウェアを中心とするエンジニア不足に悩む企業に評価され、卒業生の多くが企業の第一線で働いている。スキルを身につけたうえで、国内や海外の大学に進学するという選択肢もある。
ミニカーで高まる自動車への関心 「技術がめっちゃすごい」
そんな42で学んでいる竺原圭市さん(22)と越智友香さん(20)は、自動運転ミニカーバトルに参加し、決勝に進出した。入賞は逃したものの、エンジニアを目指す2人は、自動車に関わることのすごさ、面白さ、難しさを感じていた。
越智さんは大分市にある大分工業高等専門学校(大分高専)を休学して上京。企業見学の際に42卒業生の話を聞き、「父親がエンジニアで、自分もそうなると決めていた。だから、興味を持った」という。地元での知名度は低かったものの、親や高専の先生が「いいんじゃない。行けばいいよ」と気軽に後押ししてくれた。大分を離れ、単身で42の環境に飛び込んだことに対して、「当たり前すぎて、そういう価値観しかなかった」と振り返る。そんな越智さんの発言に「すごいなあ」と感心する竺原さんは京都市出身で、コンピューターや物理学にはまっていた。今は東京の大学で情報工学を学んでおり、「ゴリゴリの理系」と自負する。大学の後輩が「42というのがあって、竺原さんに合っていると思う」と紹介を受け、今まで知らないことができる「面白いイベント」という気持ちで、入試を受けた。今は越智さん同様に休学している。
ミニカーバトルが2人の価値観と自動車業界への考え方を変えた。竺原さんはもともと量子コンピューターに興味があり、「自分の技術で社会を喜ばせるような何かを作りたい」と思っていた。参加により、技術力だけでは成立せず、納期を守り、ハードをつくるための費用を販売で捻出するという一連の要素が結実したのがテクノロジーと痛感した。チームはほかの3人を含めた5人で、自動車の技術について知識が皆無の状態だった。各自が得意な分野を総動員し、本やネット、AIで調べ、どうしてもわからないことは、トヨタ自動車の技術者に積極的に聞いた。
しかし、ミニカーは最初のコーナーですらまともに走ってくれなかった。その状況は予選前日まで続き、竺原さんはチームの空気について「お通夜状態」と振り返る。前日深夜まで作業し、1人は校舎で徹夜した。そして迎えた予選本番。ネガティブな予想から一転し、ミニカーはスムーズにコーナーを曲がり切り、タイムが出る3周の走破に成功した。順位は総合5位で決勝進出を決め、竺原さんは「本当に泣きそうになった」という。それに対して、越智さんは「本当にいい5人だったね」と相づちを打った。
竺原さんが参加する前に自動車に対して持っていたイメージは、「大きい」「速い」「デザインがかっこいい」といった漠然としたものだった。その価値観は大きく変わり、「ミニカーですら、普通に走らせることにめっちゃ苦労した。あんなに大きくて精密なのに壊れずに走る自動車を作り、日本の産業を牽引していることは本当にすごい」と興奮気味に話した。越智さんも「雨が降ってくれば、上からも下からも水が入ってくる。それなのに大丈夫」と感心していた。そのうえで、竺原さんはSDV時代を迎える自動車業界について、「めっちゃ興味がある。技術が人に伝わるのは難しいが、それを実現している一つが自動車だと分かったから。特に自動運転は、技術が発達すれば極端な話、赤ちゃんだけ乗せて遠くまで走らせることができる。技術で社会を喜ばせるという自分の目標に合っている」と話した。そして、手に持ったチームのミニカーを見つめながら「めっちゃ可愛い」と連呼し、自分たちのソフトウェアによって動くハードへの愛着を示していた。
SDV時代を支えるソフトウェア人材の輩出に期待
42の佐藤さんは、SDV時代について「今の日本のエンジニア、特にソフトウェアの人材不足は文系と理系が厳密に分かれていることも原因と思う。一方で、今はエンジニアが利用するインターフェースはかつてよりも分かりやすくなり、双方を隔てるハードルは低くなっている。人材不足の解消に向け、理系ばかりの領域ではないというメッセージを出していきたい」と意欲を見せる。トヨタ自動車で人事部にも所属する篠山義之パワートレーン統括部長はミニカーバトルの決勝後、「我々は、ソフトウェアの力で社会を変えたい人が集まって、技術力を高めようとしている参加者の姿勢に共感している。上手く走らなければどうすればよいかをチームで話し合い、実践するのは、トヨタ自動車の(業務を見直して効率的にし、質を上げる)『カイゼン』魂に通じるところがある。自動車のことを知らなくても、自分で新たなことに挑戦できる人材の創出を支援したい」と希望を込めて語った。