【Vol.10】SDV時代のソフトウェア人材育成、他業種との連携も クルマとソフトを両方知るトレーニングに注力

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2026.03.31
自動車がスマートフォンのように機能をアップデートし、新たな価値を提供し続ける「SDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェアで定義される車)」時代を迎えるに当たって、開発で重要性を増しているのが、ソフトウェア人材だ。需要の高まりで深刻な不足に陥ることが懸念される中、自動車業界では、自社での育成体制を強化している。ただ、それだけでは十分ではないため、他業界と連携した教育プログラムの構築や外部人材の確保も進めようとしている。具体的な動きについて、共にソフトウェア人材の育成に携わる日産自動車の井野淳介氏とトヨタ自動車の横山昌之氏に、それぞれの取り組みと課題について聞いた。

日産自動車ソフトウェアディファインドビークル開発本部ソフトウェア開発部エキスパートリーダー 井野 淳介氏

ソフトウェア人材の育成に注力する日産自動車の井野さん

「日産ソフトウェアトレーニングセンター」を2017年に神奈川県厚木市で開設した。最終的な目的は、「ソフトウェアと自動車の方法のスキルを併せ持つ『ハイブリッド』の人材」を育成することであり、SDV時代で特に重要になる。自動車に詳しい既存のエンジニアはソフトウェア開発の基礎とプログラミングなどを、中途採用をはじめとするソフトウェア人材は自動車の制御や車載ソフトウェアの設計などを、座学を含め480時間にわたってそれぞれ徹底的に学んでいる。これらの「二極」を同時に進め、世界で通用する一流のエンジニアを輩出する。

今から10年ほど前、「ソフトウェア部隊」は、部品開発にぶらさがっている状況だった。ただ、自動車の価値を高めるうえで重要性が急激に高まったため、量産ソフトウェアを担当する部門を独立させた。こうした中で、ソフトウェアに関する知識や能力を活用する力(リテラシー)を獲得させる必要もあるとの課題も浮上し、それを実践するために開設したのが日産ソフトウェアトレーニングセンターだった。

プログラム構築、インドのTCSが協力

日産ソフトウェアトレーニングセンターの運営は、日産内だけでは対応に限界があったことから、外部企業に様々な協力を仰いだ。パートナー企業であるインドの(IT最大手で自動車企業などを持つタタ財閥のグループ企業である)「タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)」にプログラム構築を相談したところ、「我々の所に見に来ないか」と誘われ、現地を視察した。

そこで大変な刺激を受けた。多くの受講者がいて熱気に溢れ、何よりも誰も寝ていない。真剣に臨んでおり、ここで獲得するエンジニアとしてのスキルが、自分の将来に向けたレベルアップにつながると分かっているようだった。授業も工夫されており、一方的な座学ではなく、受講者も参加する「インタラクティブ」を重視していた。「非常に参考になる」として、TCSに講座のプログラム開発などで協力してもらい、日産ソフトウェアトレーニングセンターの礎を構築した。知識を実践で使い込む体制づくりも重要だった。このため、作ったソフトウェアで実際に動くかを検証する無線操縦の模型車や開発ツールなどを大量に用意した。ソフトウェア人材の育成には、自動車業界に限らない他業種の協力が重要だと感じている。

技術の進歩に併せてプログラムを更新している「日産ソフトウェアトレーニングセンター」の講義(日産自動車提供)

このほか、各開発部門で何が起こっているかを熟知するため、仕様の設計から車両評価に至る一気通貫の経験をしてもらうようにした。最初のプログラムを構築して時間がたつが、技術革新は日進月歩ですぐに陳腐化してしまう。毎年のように最新のニーズに合わせてプログラムの見直しや追加をしている。

無限の可能性あるSDVで「未来を共に作ろう」

自動車の知識を持つ即戦力になる人材は業界内で奪い合いになっており、限られた人材が還流している状況にある。SDV時代に必要なソフトウェア人材の確保は日産だけでは難しい。ここでもIT業界などの他業界と連携し、日産ソフトウェアトレーニングセンターをはじめ日産での取り組みを知ってもらう機会が必要となる。

学生に対しても、自動車業界でスキルが生かせるというアピールが不足していると思う。情報系の学科からの採用試験の応募はIT業界に比べると圧倒的に少ない。こうした中で、私は学生や他業種のソフトウェア人材に「一緒に未来を作ろう」という言葉を届けたい。SDV時代になれば、クルマはスマートフォンのように進化し続けられる。そして、1台が3万点もの部品で成り立つと言われるように、扱う技術領域はとてつもなく広い。デジタルでクルマというリアルに挑戦できる点は、大きな魅力だと思っている。

トヨタ自動車トヨタソフトウェアアカデミー主幹 横山 昌之氏

トヨタR&Dソフトウェアブートキャンプで、システム間を連携させた機能開発について説明する横山さん(右奥、トヨタ自動車提供)

SDV時代の到来をはじめ、自動車業界が「100年に一度の大変革期」にある中、クルマに搭載するソフトウェアの価値はかつてないほど高まっている。一方で、走行安全性など「大きく、重く、速い」クルマの基幹部分の制御システムにITの技術を融合していかなければならない。このため、ソフトウェアとハードウェア(クルマ)の両方に詳しい、つまり「クルマ屋らしい」二刀流の人財を育成する一環として、2025年5月に「トヨタソフトウェアアカデミー」を設立した。ソフトウェア人材にはクルマを知ってもらい、「組込み」などクルマのエンジニアにはITを学んでもらうことで、相乗効果を高める講座を開いている。

トヨタ自動車だけでなく、アイシン、デンソー、豊田通商、ウーブン・バイ・トヨタのグループ企業が連携して取り組んでいる。トヨタ自動車は、試験車やコース、自動車開発のノウハウを持っているものの、単独では総合的な講座は作れない。車載コンピューターなどに強みを持つアイシン、デンソーをはじめ、各社の知見を総動員して、足りない部分を相互補完している。

トヨタソフトウェアアカデミーでは、「現地現物」(実際に現場で事実を理解し、製造現場や製品、サービスをよりよくするトヨタの理念)を大切にしている。学ぶ領域は「ビジネスデザイン」「サイバーセキュリティー」「AI・データサイエンス」「組込みソフトウェア」「クラウドソフトウェア」「生産デジタル」の6つあり、まずは「組込みソフトウェア」の人財育成に向けた「トヨタR&Dソフトウェアブートキャンプ」を開催した。期間は3か月で、基礎的な知識を学ぶ座学を1か月実施する。そして、「現地現物」の場として、次の2か月をかけて自分達がソフトウェアを作って試験車に搭載し、実際にきちんと走らせることができるかという「模擬」に取り組む。それによって、ソフトウェアとクルマの両方に詳しい人財を育成し、実際の開発に反映する「実践」につなげることができる。

「トヨタソフトウェアアカデミー」では、受講生が自分で開発したソフトウェアを車両で評価する(トヨタ自動車提供)

他業種との「界面」をどううまく混ぜるか

ただ、業界内だけでは、SDV時代に対応しきれないとも考えている。クラウドやサイバーセキュリティー、通信など一段と知見が求められる分野では、他業界が既に開発している教育講座を活用することも想定している。

例えば、自動運転で利用が見込まれるAIに関しては、トヨタR&Dソフトウェアブートキャンプとは別にワークショップを開催しており、日々刻々と変わる最新情報を取り込むために、関係会社と連携している。その他のSDVに関する分野では、サイバーセキュリティーやエンターテインメントをはじめとする様々なサービスの提供もある。それらを円滑に進めるには、我々の培ってきた領域と他業種の領域との「界面」(水と油のように混ざらない物質が接する境目)を安全性、信頼性の確保要件としてどううまく混ぜるかにかかってくる。座学を中心とした講座の開設だけでなく、トヨタR&Dソフトウェアブートキャンプで実施した安全・安心につながる「模擬」の分野でも、業界の枠を超えた輪を広げていきたい。

IT技術で魅力的な移動体験の提供

ソフトウェア人材の「卵」と言える学生に、自動車業界でもITの知識が生かせるということを訴求したい。SDV時代では、ITの知識が生かせる機会がさらに増え、活躍の舞台も増える。自動車開発の最大の魅力は実際のモノ(クルマ)が動く「楽しさ」が分かること。自分が手がけたソフトウェアによって、「大きく、重く、速い」自動車が安全に動き、移動手段だけではないSDVの魅力も生み出せる。それらが伝えられれば、就職先の有力な選択肢になるだろう。

そういう意味では、ソフトウェアを試験車に搭載して走るかどうかを検証できるトヨタソフトウェアアカデミーの存在もアピール手段の一つになる。トヨタソフトウェアアカデミーは目標の一つとして「自動車業界に興味を持つソフトウェア人材を増やす」を掲げており、将来的には人材の裾野拡大にも寄与していきたい。

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